3/26/2014

やっぱり英語で資料読まないと駄目だ

先日こんな記事を書いたことを、心から恥じる。

わざわざ英語の教科書を読む必要ってあるのかな
http://duodenary-dusk.blogspot.com/2014/02/blog-post.html

何言ってんだよ。このあまちゃんが。英語圏で生活してるんだから日本語でインプットしても英語ですぐアウトプットできないじゃないか。物理や数学でも細かい英語の言い回しを知る必要があるんだから、そういうのを英語の資料で学ばないといけないではないか。日本語と英語で言葉が全然違う用語だってあるし。日本語で勉強したらその用語の英語名をまた調べないといけなくて二度手間だろ。しかも日本の研究者と日本語で話すことなんて殆どないんだから、基本英語で良いだろうが。

日本語の方が深い思考ができるのは間違いない。だからといって英語でのインプットを増やさない限り英語の理解力が深まらないじゃないか。それを今やらないでいつやるんだよ?まったく、お前には覚悟っていうものが足りないよ。そんな甘い気持ちでPhD取れると思うなよ?

精進します。



追記

最近は英語の文章でもそんなにストレスを感じないくらいには英文が読めるようになってきたので、それなら英語の資料を読んだほうが良いんじゃないかと思うようになったわけです。というか論文なんかは英語なわけだし、論文と教科書どんどん読んで読むスピードと理解力上げていくしかないですね。今更な話ですががんばります。

3/24/2014

美化された思い出に縛られる人達

自分はいわゆるこじらせた人間なので常にネガティブで昔の失敗を引きずっているのだが、逆に成功も引きずることがあるんだな、と最近感心したことが何回かあった。そのひとつが為末大さんの「成功体験が人を狂わせる」という言葉。短い言葉で上手く表現していていて気に入っている。

為末大さん@daijapanの「【なぜ成功は再現しにくいのか】について 成功体験が人を狂わせる」
http://togetter.com/li/615081

過去に成功した事実というのは自信に繋がるので悪いことではない。ただ、昔の成功体験にこだわり過ぎると新しい壁を乗り越えられないことがある。新しい壁は前の壁とは違うものなのに、「あの時はできたんだ、だからこれからだってうまくいくはずだ」という根拠の無い自信を持ってしまうかもしれない。それでも新しい壁が昔の壁と同じように攻略できるとは限らない。むしろ昔の壁を乗り越えた思い出が強すぎるとその時の方法にこだわっていつまでも壁を超えられないことがある。そして、壁を乗り越えることが出来なかったとしても、成功体験という過去の栄光を捨てきれない人を時々見ることがある。

余談だがイエスタデイをうたってという漫画には過去の良い思い出を捨てきれない人が登場する。森ノ目榀子というヒロインは小さい頃に好きだった幼馴染を亡くしてそれをずっと引きずっている。好きだった上に幼いころ亡くなっているので、かなり思い出が美化されている。そのため恋人もずっとできず告白されても昔の人が忘れられないでいる。

良い思い出を引きずっている人が出てくる漫画と言えば、20世紀少年のオッチョとかマイガールの笠間正宗あたりだろうか。森ノ目榀子と同様に、亡くなった人を引きずっている。成功体験ではないけど昔の思い出が美化されすぎて前に進めないでいる。そこらへんを上手く描いているので若干テンションの低い漫画が好きな人にはおすすめです。

ここ数年で自分を一番縛っていたのは卒論が偶然にも上手く行って賞を貰ったことだろう。修論では卒論と全く違うテーマだったのに卒論と同じやり口で取り組んでしまったのが失敗だった。あの賞を貰ったあとは自分を支えるものの一つになったけど、修論が全然上手く行かなくて自信なんてすぐ吹っ飛んだ。あの時の落ち込みから回復するのに大分時間がかかった。修士課程の時が一番過去の成功体験に縋っていた時かもしれない。今は逆に自信がなさすぎるのが問題だけど、それはこっちに来て少しずつ積み上げている。

過去のトラウマにしろ美化された思い出にしろもう過ぎたものは仕方ないと思うしかないんだろう。過去に浸り過ぎず、前にあるものを一つ一つ取り組み、小さな目標を達成し、小さな自信を積み上げ、新しい壁に向かっていき、最終的に大きな目標を達成する。未だ道半ばだけどこんな博士課程にしていきたい。多分これから一年くらいが勝負どころ。

3/21/2014

プレッシャー耐性とパフォーマンス

バークレーにはPhD candidateになるためのqualifying examの他に、各学科でpreliminary examが設けられていることがある。形式は筆記だったり口頭試問だったりと学科で異なるが、機械科は筆記試験だった。その試験を落ちると大学に残れない(修士止まりで卒業しないといけない)のでプレッシャーがかなりきつかった。高校受験ならすべり止めがあるし、大学受験も浪人という予防線を貼ることができるけどアメリカの大学院にまで来て途中で追い出されたらどうしたらいいのか正直わからなかった。

なんというか歳を重ねる毎に大幅なやり直しができなくなると、一度の失敗で被るリスクが高くなるような気がしてならない。実際はなんとかなるのかもしれないけど、失敗できないなというプレッシャーが今の自分を縛っていると思う。

これは自分で自分にプレッシャーをかけている例だけど他人からのプレッシャーも勿論ある。自分の研究室はコラボレーションが多いので他の共同研究者からのプレッシャーもあったりする。先生からのプレッシャーも勿論ある。自分の研究室での立場が弱い(2年目の学生)というのもあるし、一部の共同研究者からナメられているというのもある。研究に対してプレッシャーがきついとそれ以外の勉強とかにも影響が出るし自分のペースを維持しにくい。

プレッシャー耐性がある人はどんなに怒られても結果を出すようプッシュされても自分のペースを維持している。そういう人は周りの人に影響されずにコンスタントに高いパフォーマンスを発揮できる。自分もそういう人間になりたいとは思うけど、これは性格の問題なので変えるのはなかなか難しいだろうなと思う。

性格を変える以外に外からのプレッシャーに耐えるようにするには自分に自信をつけるしかないのかなーというのが最近の結論だ。自分の能力・実績を積み上げれば他人がどう言ってこようが自分はこうだ、自分はこうやるんだという意志を強く持つことができる。そうすればもう少し今の生活が楽になるかもしれない。

結局コツコツと勉強するしかないっていうごく普通の結論に至りました。3月20日。

3/19/2014

博士課程に必要な思考の深さ

ちきりんの著作に採用基準という本があるんだが、その中にコンサルタントに向いてるのはどういう人かという話が書いてあった気がする(うろ覚えなので情報が正確かは分からない)。コンサルタントというのは目の前の問題に対して如何に深く考えて解決法を導き出すかが重要で、ひとつのことに対してひたすら考え抜くことが出来る人がコンサルタントになるべきだということが書いてあったと思う。

別に自分がコンサルタントになりたいからこういう話をしてるんじゃなくて、博士課程にいる身としてはこの「ひとつの問題に対してひたすら考え抜く」というのが必要だなと最近思うようになったんですよね。