5/03/2013

これからの機械工学科に期待すること

学部から修士、博士課程までずっと機械工学科に在籍している人間として、ずっとモヤモヤしていることがあった。それは研究で必要となる学問が、機械工学科の根幹をなす学問とかけ離れているということだった。

機械工学科は主に4つの力学から成立していると言われている。

・機械力学:剛体に働く力(回転運動・振動など)を考える学問
・材料力学:材料の強度や変形などの力学
・流体力学:流体(液体、気体)の変形、応力を扱う力学
・熱力学:熱(エネルギー)の現象をマクロに捉えた学問(機械科では主に内燃機関を扱う)

wikipediaにもっと詳しい分類が書かれています)

これらの4つの力学と設計・生産・制御などの学問で機械工学科が成り立っていると言える。これらの学問の応用範囲は非常に広い。卒業生は自動車、重工業、電気、鉄鋼、インフラなど様々な企業に就職している。

しかし、僕が学部4年の時に入った研究室はナノテクを扱っていた。ナノテクノロジーは機械工学科で学ぶような学問とはかけ離れている。スケールが原子レベルになるとマクロ(連続体)の学問とは違った学問(量子力学など)が必要になる。ナノテク以外の研究室においても「これは本当に機械工学でやるべき研究なのか?」と思ってしまうことは度々あった。

電気自動車の研究をするとか、ガスタービンの研究をするならいかにも機械工学科という感じがする。しかし、「これって機械工学なの?」という研究も数多く行われている。一例としてMITの機械工学科を取り上げてみる。

http://meche.mit.edu/research/

このページをみると分かるように、MITの機械工学科は以下の7分野から形成されている。

1,機械
2,設計・生産
3,制御・ロボティクス
4,エネルギー
5,海洋
6,バイオ
7,マイクロ・ナノ

これがどの程度一般的なのかは分からないが、UCバークレーの機械工学科も同じような分類になっている。具体的にはMITの分類に材料・流体・熱を加えたようなものだが、MITにそれらの研究をやっている人が居ないわけではない(ひとつめのMechanicsに4力学が組み込まれている)。

MITの研究分野を見ると、エネルギーは分からなくもないが、「海洋とかバイオ、マイクロ・ナノって本当に機械工学科のやるべきことなの?」という意見を持つ人もいるのではないか。なぜ機械工学科なのに、一見すると機械工学科らしくないことをやるのか。こういった分野は、4力学からのアプローチでは説明できないことが多い。バイオの世界にも材料力学は役立つかもしれないが、もっと生物の面からのアプローチの方が役に立つのではないか。

そもそも機械工学科とはなぜ存在するのか。機械工学科は、社会のためになるような機械を作るために存在してきたといえる。特に20世紀の100年は最も機械工学が活躍した時期だと思う。1901年には八幡製鉄所が設立され、鉄鋼業が日本で本格的に始まった。明治時代初期には蒸気機関がメインだったが、電気や内燃機関(エンジン)が発明されると、電化製品が身の回りに行き渡るようになる。昭和の初期にはアイロンや扇風機・ラジオ程度の家電しかなかったものの、1950年代には三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)が普及し、70年代には新三種の神器(カラーテレビ・クーラー・自動車)が一般家庭に広まった。

これらの例から分かるように、20世紀は機械工学が社会から必要とされてきた時代と言える。機械工学科を支えてきた4力学は社会から必要とされてきたとも言える。ただし、これからも4力学が今までのように社会に必要とされるかどうかはわからない。例えば平成に入るとデジタル家電が普及し、三種の神器はデジカメ・DVDレコーダー・薄型テレビといわれるようになった。昭和の電化製品・機械が機械工学的発展を遂げたと言うならば、平成の機械はデジタル的発展をしたと言えるのではないだろうか。

月並みな例ではあるが、大ヒット商品のiphoneを例に考えてみる。iphoneを構成する各部品は突出して優れた性能を持っているわけではない。素晴らしいのは既存の部品を組み合わせることで新しい価値を生み出したことだ。機械工学(電気工学)的には面白い点はあまりない。だが革新的なデバイスとして評価され、実際爆発的に売れた。

個人的には20世紀に機械工学が発展したのと同じ要領で21世紀も発展していくとは思えないのだ。熱力学は内燃機関以上の新しい発明をできるのか、マクロな力学はほぼ調べ尽くした機械力学にこれ以上やることがあるのか。発展することはあっても、20世紀の目覚ましい発展がこれからも待っているとは考え難い。

とはいえ機械工学が関わる産業はこれからも続いていくことは間違いない。自動車はこれからも使われ続けるだろうし、工作機械も工場には無くてはならない存在だ。鉄(鋼業)が使われない世界なんて考えられない。これからも社会から機械工学科は必要とされる。ただし、必要とされる価値は今後変わってくるだろうし、学問として大きな発展があるかどうかはわからない。

ひとつの道はiphoneのように新しいコンセプトを打ち出すことだろう。機械工学科の話ではないが、都市工学や建築工学が途上国に対して行なっていることは良いヒントになるかもしれない。日本で培った技術を途上国に応用したり、日本とは違う気候・土壌でどうやって問題を解決するかを考えたりすることはひとつの学問となりうる。機械工学科もこういったコンセプトの転換が求められているのかもしれない。例えばこれから少子高齢化で介護の重要性が高まっていけば、介護ロボットの研究はより盛んに行われていくだろう。こういった問題は機械工学科が是非とも解決して欲しいと思う。

もうひとつの道は、新しく生まれた学問を利用することだろう。ナノテクノロジーやバイオテクノロジーが盛んになってきたのはこの数十年のことだ。ナノテクノロジーが始まったのはいつかと訊かれると難しいが、トランジスタの発明があった1947年頃がひとつのターニングポイントだろう。それをきっかけにトランジスタがラジオやテレビに使われるようになり、ほとんどの電化製品には小さなトランジスタが無数に組み込まれている。このトランジスタを如何に小さく作り、如何に性能を上げるかでナノテクノロジーは発展してきた。そして、微小な構造を作製・測定する技術が発展することで、MEMSという新しい概念が生まれた。MEMSはマイクロマシンとも言われ、髪の毛の幅程度の大きさしかない小さな機械である。実用例は、Wiiのリモコンに内蔵された加速度センサや、インクジェットプリンタのヘッド(インクを出す部分)などがある。

新しい学問と機械工学科と組み合わせることができそうなものはいくつかある(実際、既に取り入れられているものは多い)。

1,マイクロ、ナノテクノロジー
2,バイオテクノロジー、医療
3,コンピュータサイエンス(数値解析、制御、ロボティクスなど)

これらの例をみると、前に挙げたMITの機械工学科がやっていることも間違っていはいないように思える。エネルギーという分野も20世紀にはあまり深刻に考えられなかった分野だろう。どこの学科も手を付けていないなら機械工学科が関わることはできるかもしれない。コンピュータサイエンスはおそらく21世紀にもっとも発展する分野ではないだろうか。そう考えるとコンピュータサイエンスを上手く取り入れて新しいコンセプトを生み出すのもありだと思う。

ここでひとつ問題が浮かび上がる。新しい学問と4力学を組み合わせることで、4力学の価値が下がってしまうのではないかということだ。マイクロ・ナノテクノロジーの分野に対して4力学の知識はあまり必要ではない。どちらかと言うと固体物理や半導体工学などの物理寄りの学問が必要になってくる。それならば物理を元から勉強してきた人の方が役に立つのではないかという話になる。確かに、物理出身の人にお願いすれば良いのかもしれない。だが、物理の人は物理を使って機械工学の問題を解くことに興味が無い。例えば、熱もナノスケールになると原子がどのように振る舞うかを考えないといけない。これは固体物理学の領域であり、物理学科や材料学科の人の方が得意かもしれない。だが物理の人には熱(フォノン)はあまり魅力的なトピックではないのだ。どちらかと言えば光や電子の振る舞いの方が興味が有るのではないだろうか。だから、物理を使って熱の問題を考えることができるのは機械工学科の人間だけなのだ。機械工学科の人間は新しい学問を利用しながらも他の学科の人にはできないような問題を扱わなければならない。そうでなければ「それって本家の学科がやれば良いんじゃないの」と言われてしまうだろう。

4力学とは違う新しい学問を学ぶには苦労が伴うだろう。卒論の研究室が4力学の通用しない学問であれば必死になって新しい分野の勉強をしないといけない。大学卒業間近になってバイオやプログラミングの勉強をするのは間違い無くしんどい。その覚悟を持って研究室を選ぶことが必要ではないかと思う。

これからの機械工学科に期待することを以下にまとめたい。

まず、様々な分野を機械工学科に取り込んでいって欲しい。4力学が重要なのは間違いない。伝統的な研究室はそのまま続けていって欲しい。ただ、新しい分野にも挑戦して欲しい。それには他学科の学生や先生を積極的に受け入れ、新しい研究室を作って壊していくことが求められると思う。新しい分野の研究室に入った学生には、4力学にとらわれず新しい学問を積極的に学んで欲しい。やる気があれば他学科の授業で学ぶことも求められると思う。その際は他学科の授業が卒業必要単位に組み込めるような仕組みづくりが必要になる。

新しい分野とは別に、伝統的な機械工学は社会に求められていくことを追求しなくてはならないだろう。それならばPBLを増やし、インターンももっと行なって欲しい。私の母校に関して言えば、学部の教育は素晴らしく、先生方もかなりの時間を使って演習やインターンのカリキュラムを維持している。個人的には修士課程で同じようなことがもっと出来ないかと思う。現状として修士の学生はほとんど博士課程に進まないのだから、学部の素晴らしいカリキュラムを修士にも作って欲しい。


最後に「機械工学科とはなにか」について考えてみたい。機械工学科が4力学だけでは成立しないのであれば、結局機械工学科とはなんなのだろうか。僕は「機械工学科とはものづくりの精神」だと考えている。4力学を使おうが使うまいが、ものづくりの精神があればそれは機械工学ではないだろうか。同じ問題を様々な分野の人が取り組んだ時、ものづくりの観点からアプローチをするのが機械工学科ではないか。ものづくりの精神が亡くならない限り、これからも機械工学科は社会に必要とされていくのではないだろうか。


参考文献

機械工学分野の展望
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-h-3-8.pdf

大学の機械工学科について急に語りたくなったので語る。
http://anond.hatelabo.jp/20111230024051

2 件のコメント:

  1. とても興味深く読ませていただきました。機械工学とひとくちに言っても、その領域は時代のトレンドに応じてどんどん変化しているんですね。
    「機械工学科とはものづくりの精神」の意見にも同感です。器は変われども魂は変わらず。その先に、日本の進むべき道もあるような気がします。

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    1. そうですね、最近は「○○学科はこうあるべき」という定義と境界が曖昧になってきていると思います。問題へのアプローチの方法がひとつの学問では足りないことも多いからでしょうか…

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